ウォーキングが私に自信を与えてくれた

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このブログに出会ってくれてありがとうございます。

運営者の “よよこ” と申します。
年齢は、2026年で50歳となりました。
岩手県の陸前高田市という小さな町に住んでいます。

心身ともに整えて、生活や仕事などを通じて人生をもっと豊かにしたい。

私の願いでもありますが、誰もがそうで在りたいと思うでしょう。

人生、たくさんのことがあります。

文字通りバラ色の人生を送ることができる人もいれば、病気や怪我に苦しんでおられる人、職場に恵まれない人、そういうことを乗り越えて強くなっていく人…。
人生とは十人十色、人それぞれであり唯一無二。本当にそう思います。

ただ共通していることと言えば、どんな人にとっても「人生は一度きり」ということです。

43歳でうつ病になりました

ようこそ、このブログを開いてくださってありがとうございます!

私はまだ50年しか生きていない若輩者ですが、私の人生も紆余曲折あり、今日があるわけです。

幸せなことも、苦しいこともたくさんありました。
特に厳しかった時代は、つい最近。今から6~7年前に、うつ病を発症したときです。

借金に苦しみ明日食べることに悩むとか、仕事で大失敗をして会社に損失を与えてしまったとか、解決策が分かっている “一時的な苦しみ” みたいなものは、ダメージの大小に限らず、人の心を壊すほどのインパクトをあまり感じません。
最初は苦しいかもしれませんが、お金や時間が解決してくれるものなので、そのことが分かっているだけでも心は幾分前向きになれます。

心を壊すものというのは、解決策が見当たらず、自分の力ではその原因をコントロールできないものだと思っています。

家族や恋人を失う “哀しみ” であったり、いじめられた時の “恐怖” であったり、望まないこと(例えば苦手な人付き合いや無理な業務・課題)を “強要される環境” に身を置かれた場合など。

相反する場所にあるものは、「強い自分」だと、今でも感じています。
何事にも臆せずに、自信に満ち溢れた自分が、そういった困難に立ち向かえると考えていますが、なかなか人間というものはそこまで強いものではありません。

だから、これももちろん人それぞれでリミットは違うかもしれませんが、そのプレッシャーに負けるとき、ポキッと心が折れるのだと思っています。

うつ病発症のきっかけは転職

私は転職した際に、大勢の従業員とのコミュニケーションや職場環境の変化についていけず、それが原因で転職からわずか2ヶ月ほどでうつ病を発症しました。

これらの問題は時間が解決します。
さらに3ヶ月、6ヶ月と過ごしていけば、きっと他の従業員とも仲良くなれたと思うし、職場環境にも抵抗を感じなくなっていったでしょう。

でもそれは、心身が健康であることが前提です。
私の場合(心の病気を患っている方はみなさんそうだと思いますが)、時間が解決してくれるその前に、折れた心の修復が必要なんです。

答えは分かっている。「時間」だ。
苦しいかもしれないが、一日一日過ごしていくと同時に、だんだん慣れて抵抗を感じなくなる。

しかし、そのスタートラインに立つまでの、力が湧き起こりません。

立てない。一歩が踏み出せない。風呂に入れない。ご飯の味が分からない。
ベッドから起き上がれない。会社へ向かうための準備ができない。

そして転職して4ヶ月後に退職

心を壊すということは、気力を蝕みます。

職場に行けず家でひとり休んでいるときも、説明できない不安や絶望感が、一日中頭の中を支配し続けていました。

そのような状態で過ごす日々は積み重なり、気が付けば私は1年近くもの間、社会復帰することができませんでした。
その間、正式に会社を退職させていただき、療養に専念しました。
転職して意気揚々と過ごしていた頃から早くも4ヶ月経過した段階で。。。

貯金は食いつぶし、妻に面倒を見てもらう状態。申し訳なく、情けなかったです。
このように自己嫌悪に陥りやすいことも、この病気特有の症状です。

結果を先に言うと、私は約1年半ほどでうつ病が改善しました(克服・根治では決してありません)。
しかし、私の兄や前の職場の同僚もそうですが、何年も長期間にわたってこの病気に苦しんでいる方は世の中にたくさんいらっしゃいます。

本当に…、どこまでも心身を蝕む厄介な病気です。

うつ病は、自信がない状態を喰らう病魔

さて、私がうつ病をどのように改善させてきたか、ということに少し触れていきたいと思います。

結論ではないですが、完全に克服できた感じはありません。
やはり、いまでも不安や苦しさに直面すると、うつ病が再発する兆候みたいな、“心のざわつき” を感じることはよくあります。

まったくの持論です(心の病を患っているすべての方に当てはまるものではありません)けど、私の場合、“自信” がないことが、病気に蝕まれる “スキ” を与えてしまったのだと結論付けました。

基本、根っからの人見知りで対人恐怖症(今でいう社会不安障害「SAD」)の気があったわけですが、それも自信のなさが招いていると考えました。

「会話が上手」「歯が白くて美しい」「誠意が伝わる」「話を聞いてくれる」「話題が面白い」「どれだけお喋りしても疲れない」など、コミュニケーションの場において、相手との会話が気持ち良いなと感じることがあります。
会話をしていて心地よく感じるそのような話し相手を、自分に置き換えたとき、それらがすべて真逆だと気付きました。

私は、

  • 会話が下手。自分から話しかけることが無い。いつも無言になる。
  • タバコを吸っているので歯がヤニで黄色い。歯を見せるのが恥ずかしい。
  • たまに小さなウソや作り話をして話を盛ってしまうことがある。
  • 自分のこと以外に興味が無く、相手の話を真剣に聞く姿勢じゃない。
  • 相手が興味を持ってくれるような話題を持ち合わせていない。

こんな感じなので、そもそも自分自身でも会話を楽しめないんですね💦
会話が進むにつれて、自分の悪いところ・恥ずかしいところを晒し続けているような感覚を覚えます。

そこで改善に取り組もうと、安易に考えることが「面白い会話術」とか「笑顔のつくり方」とか、“表面” の “小手先” 的な改善を試みることなんですが(笑)、これも実はなかなか簡単なものではありません。

それよりも、もっと大きな概念というか、深いところ(本質)の改善が必要なのでは?と思ったりするわけです。

よし、自信をつけよう!

簡単に言うと、人格や性格を変える。 そういう答えにたどり着きました。

その根幹となるものは何か ― 。
少し前にも書いた通り、それこそが『自信』なのではないかと。

その『自信』をつけるための努力が必要でした。

一長一短にはいかないことは分かっています。
そもそも「何の」自信がほしいのか、という疑問にもぶつかりました。

考えてみると、「自信」って、結構ぼんやりした概念なんですよね。

  • 死ぬほど頑張って受験勉強を続けてきたから、合格する自信がある!
  • いろんな失敗を重ねて改善してきたから、次の商談はうまくいく自信がある!

文章にするとキレイにまとまるんですけど、果たして本当にそうなのか?

試験に合格するまで、商談が成立するまで、それまでの努力の如何とは関係なく、成果を確認するそのときまでやっぱり不安は付きまとうものです。
試験の合格や商談成立などの成果を経験して、はじめてその努力が自信に変わる。
だからこそ次につながっていく。そんな気がするんです。

このようなケースから言えることは、やる前から自信があるのではなく、成功体験がその後の自信をつくっているように思えました。

「自信」って何?

だから、「自信」って、何なんだよ―――っ!? てことなんですけど(笑)

理由や根拠、それまでの努力の積み重ねが無くても、「心に宿る強さ」みたいなものだと思っています。

  • 失敗してもいいや、また次頑張れば良い。努力が正しかったのか確認するチャンス。
  • 相手にどう思われても良い、私は私。相手は関係ない。
  • お金が無くても生きていける。助けてくれる。あとで恩返しすればそれでチャラだ。

なんかぶっきらぼうに聞こえますが(笑)、結果が出る前や行動する前から、すでに自分の心に宿っている 根拠のない 強さみたいなものがある、このように思えてきます。

この、根拠のない心の強さこそが自身の正体なのではないかと(今は)答えにたどり着きました。

ウォーキングに取り組むことで「自信」を育む

そういうわけで、
私が信じているこの “自信”(みたいなもの)を育ててみようと志します。

そして取り組み始めたことが、このブログを書き始めたきっかけにもなった “ウォーキング” です。

最初はとても辛いものでした。

歩くことそのものは良いのです。怪我をしているわけではないのでスタスタと歩けます。

何が辛いって、外を歩くわけですから、まず “人に出会うことが怖い”

「こんにちは」と挨拶ができません。

遠くに人影を見つけただけで別のルートに方向を変えてしまうような有様でした。

あとは黙々と歩く中で、いろんなことが頭の中に思い浮かびます。
ほとんどネガティブなことばかりです。

  • 「私はダメだな…」
  • 「いつまでこの状態が続くのかな…」
  • 「今月の支払いどうしよう…」

気が滅入るばかりでした。

どんなに苦しくても小さな灯は消さない

しかし、「ここが正念場!頑張ろう!」という思いは捨てきれませんでした。

  • 必ず復活して、バリバリ働いていたあの頃に絶対に戻ってやろう!
  • 今まで苦労をかけてきた妻に、報いることができるように元気になろう!

そういった “小さな希望” だけは捨てないと心に決めて取り組み始めました。

ウォーキングを趣味にしている方や、メディアや雑誌で見るようなカッコイイ感じでは全然ありませんでした。

部屋着にウインドブレーカーを羽織って足元はサンダル、みたいな、パチンコ屋に出かけるようなファッションで、最初のころは自宅の周囲500m~1kmくらいをとぼとぼ散歩する程度です。

それを3日、7日、2週間、1ヶ月 … と繰り返していくうちに、だんだんと距離も歩くスピードも伸びていきます。

次第に心の状態も落ち着き始めてきます。

いよいよ、苦手にしていた「すれ違う人に挨拶をする」ミッションもクリアできるようになってきたんです!

相手からではなく、自分から「こんにちは!」と挨拶ができたときの喜びというか感動は、今でも鮮明に覚えています。
とてつもない緊張の中、逃げたい気持ちを無理矢理押し殺して、勇気を振り絞り「こんにちは!」と声を発したあの瞬間は、忘れられません。

とても気分が晴れやかでした!
1段階、レベルアップしたような達成感がありました。

今ではあまり緊張することも、面倒だな、と感じることもありません。
同じようにウォーキングや散歩をされている方とすれ違うときは、できるだけ挨拶をするように心がけています。

私の場合、ウォーキングを通じて、心が回復していった経緯はいろいろあると思います。
単に、身体を動かし体力がついてきたから、比例して心も丈夫になったというわけではありません。

「外に触れている」という感覚

私の記憶に残っているのは、初めてウォーキング(近所を一周する散歩くらい)をした日のことです。

心が病みきってどん底の気分のとき、無理やりにでも外に一歩踏み出したときの衝撃は何とも言えませんでした。

カラダも気持ちもふさぎ込んで、ベッドと食卓をダラダラと往復する日々に、終止符を打った瞬間です。

「あぁ、外(自分以外のこと)に触れている…」
「自分の殻から飛び出しても良い(誰からも否定されない)んだな…」

そういう衝撃が頭を貫いていった感覚を味わいました。

認められている、許されている、とまでは言わないまでも、社会に “出る・出ない” ことは自分自身が決めて良いのだなと、そのとき理解できました。

近所をたった一周しただけ。距離にして500m~600mくらいだったと思います。
その行動ひとつが、私を蝕むうつ病と闘うきっかけを与えてくれたといっても過言ではありません。

そしてウォーキングを体験することで何より大きな成果は、自信がついてきたことです。

成功体験

こちらも心に良い影響を与えてくれているわけですが、そのひとつの要因として、【今日も歩いた!】という “ミッションをクリアできた” という成功体験です。

500mだけ近所を一周するだけでも、頑張って3km歩くことも、1日1回、この『歩く』というミッションをクリアできた成功体験こそが、自信を育んでくれていることに気付きました。

ウォーキングを始めて1ヶ月くらいは、筋肉痛で足が痛かった。太ももの裏やスネが張って痛くて歩きにくいわけです。人とすれ違うことも嫌でした。

そんなときはもちろん休んで身体を労わるべき。それで良い。
大雨の日にわざわざ無理して歩く必要もありませんし、夏の暑い日は短い距離でサッと済ませるくらいでOKです。

何が何でも無理してでも【毎日歩く!】みたいな目標設定はダメです。
そんなのは挫折したときのダメージが大きく、心にも悪影響を及ぼしかねません。

それよりは、「今日は歩けそうかい?」「雨だし明日にするかい?」と、心に相談しながら自然に返ってくる答えに素直に従えば良いと思います。

「毎日」を目標にしない

【毎日】取り組むことが重要ではないのです。
休んだって良いし、100歩で終わりにする日があっても良い。

私はあまり器用なほうではないのでウォーキングを「日課」としていますが、気分が乗らずウォーキングを休んだ日は、自宅で “その替わりに” ストレッチやヨガ、瞑想などに【取り組んで】も良いと思います。

何でも良いし、どの程度でも良いと思いますが、何かに【取り組む】ことが、少しずつ心に元気を与えてくれると信じています。

ゆっくりやっていきましょう

うつ病をはじめ、心の病気というのも、またたくさんの種類があります。

私は今もそうですが完全に克服したと自信を持って言えません。

同じように日々苦しんでおられる方は世界中にたくさんいらっしゃいますし、ここまで書いてきたように、ウォーキングがすべての病を治す方法であるとは微塵も思っていません。

医師による適切な治療法があります。
苦しく辛い日々だとは思いますが、頑張って治療に専念いただき、少しずつでも回復に向かうよう心から願うばかりです。

そして、少しでも何かに “取り組んでみようかな” と前向きになれたときは、ぜひウォーキングにも挑戦していただきたいと思っています!

何度も言いますが、肩ひじ張らず、普段着で充分ですので、近所をぐるっと一周するだけでも、きっと心に栄養を与えてくれると思っています。

このブログでは、私の日々のウォーキング体験を通じて、心の変化や健康管理、社会・仕事との向き合い方などを綴っていきます。
どうやればよいのか分かりませんが(笑)、将来はこのブログを通じて、読者の皆さまと繋がれるようなイベントの開催も実現させたいと思っています!

ゆっくり。たまに。気分が乗っているときだけ。

それで、全然OKだと思っています😉

心を弱らせてしまっている方々にどう響くのか分かりませんが、このブログでは、少しでも前向きになれるような記事を書き続けられるよう私自身も楽しみながら頑張っていきたいと思います👊

最後まで丁寧に読んでくださってありがとうございます。
今日がステキな一日になりますよう願っております😌

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